辛い流産の悲しみは忘れなくていい。一緒に生きていきましょう。

流産経験談

流産からもうすぐ7年が経過しますが、未だにその時の気持ちや考えていたことや体の状態は忘れることができません。

でも確実に前に進むことができています。


同じような経験をして辛い方、心拍が確認できなくてもしかしたら…と不安な方。

あくまで個人の体験談なのでなんの結果も保証できるものではありませんが、その気持に少しでも寄り添うことができたら幸いです。



結果的に産した話なので、読むのも辛い方は無理せずそっと閉じてくださいね

目次から読みたいところへ飛ぶことができるので好きなところだけ読んでください。

目次

妊娠発覚から流産まで

つわりが始まって妊娠に気づく

妊娠4週、まだ生理の遅れもない頃に

あれ?なんか気持ち悪い?

となって気づきました。


夫に相談して次の日検査薬を買ってきて、早速やってみました。

結果はうっすら陽性の線が見えるくらい。

妊娠検査薬は生理予定日の一週間後以降に使うものなので、時期も早いし当然の結果でした。


この時からどこかで不安な気持ちがありましたが、

まさか自分が流産することはない

という謎の自信がありました。

4週と5日、産婦人科で胎嚢確認

胎嚢が確認されやすい5週に入るまで待とうと思っていたのですが、我慢できず初診に行きました。

初めての内診台への緊張と、無事に赤ちゃんが見えるかの不安で心臓がバクバクしていたのを覚えています。


モニターを見ると、赤ちゃんがいる袋(胎嚢)が見えました。

なんと言ったらいいかわからない感情で胸がいっぱいでした


ひと安心して、次は6週に入ってから診察にくるように言われて帰りました。


夫も喜んでくれ、アプリで大体の予定日を出して

秋には生まれるね

と話してカレンダーに書き込みました。


軽いつわりがあるけど我慢できる5週目

夜になると気持ち悪いな〜と思いながらもそれなりに仕事にも行けました。


その後の妊娠はつわりがとても重かったので、今思えば赤ちゃんの命が弱くなっていたのかなあ・・・

本当のところはわかりませんがそんな気がします。

6週と4日、再診

はやく赤ちゃんを見たくてそわそわしながら、やっときた再診の日!


心配な気持ちもありましたが、モニターを見ると胎嚢の中に小さな丸が…!

「赤ちゃんいましたよ」

と言ってもらえて泣きそうになったのもつかの間、

心拍がまだ確認できないから、一週間後にまた来てください。」と言われてしまいました…。

検索魔になる7週目

心拍確認 いつ

流産いつまで

など不安を消したくてひたすら検索していましたが、でてくるのはほとんど6週遅くても7週で心拍確認できた話ばかり。

その中で「9週でやっと心拍確認できました!」と書いてあれる記事があればそれにすがるような思いで読み漁っていました。



なんとか無事でいて…

その思いとは裏腹に、つわりはどんどん楽になっていきました。

8週、心拍確認

長くてしかたなかった再診までの日々。

仕事の都合をつけてなんとか産院に行けました。


正直モニターを見るのが怖くて目を開けられなかったのですが、

「見えますか?心臓が動いていますよ」

と言われて見ると、クリオネみたいな小さな赤ちゃんの真ん中がゆっくりチカチカしていました


ああ、ちゃんと生きていてくれたんだ…!!

と安心して涙がでました。



先生曰く、心拍は確認できたけどちょっと弱いから来週もう一度診て、大丈夫だったら母子手帳の手続きしましょうね、ということでした。

先生はもうだめかもしれないとわかっていたんだろうなと思います。

9週、心拍停止

軽くなっていくつわりに不安をおぼえつつ、検診の日がやってきました。


普段はわりとササッと診る先生がやたら念入りに内診をしていて、嫌な予感がしました。

カーテンの向こうで看護師さんと話しているのが時々聞こえ、内容はわかりませんがよくない状態だということはなんとなくわかりました。


不安、でもきっと大丈夫、大丈夫と言い聞かせながらも心臓が今にも飛び出しそうでした



しばらくして先生はモニターをつけてゆっくり話してくれました。

「見えますか?赤ちゃんここにいます。でも、前回から大きくなっていないし残念ながら心臓も止まっています。」

覚悟していたとはいえ、言葉が出ず返事ができませんでした。


看護師さんに促され診察室で説明を聞くと

初期の流産はお母さんのせいじゃないし、遺伝子的に生きていけなかっただけ。よく心臓まで動かしてくれた。頑張ったねこの子は
と言われ、


「ああ、仕方のないことだったんだ…」

とうっすら思いながらも頭が働かず、どうやって家に帰ったか覚えていません。

夫に報告

どうやって夫の帰宅まで過ごしたのかも記憶がありませんが、結果を連絡していなかったので「どうだった?」と聞かれました。


だめだった。

と口にした瞬間やっと実感がこみあげてはじめて涙が出ました。


心臓、動いてなかった。この子は頑張ってたのに。何もしてあげられんかった。もう会えないって。生まれてこないって。

そう言いながら泣き続けました。


夫が背中をさすってくれて、気づいたら私は泣きつかれて眠っていました。

稽留流産のため掻爬手術

流産すると出血とともに赤ちゃんも流れ出ていく完全流産もありますが、私の場合は出血も痛みもない

稽留(けいりゅう)流産

というものでした。


こちらの場合、まだ子宮内に残っているものがいつ出てくるかわからないことや、感染症のリスクもあることから、手術をすることに決めました。



診察の次の日に手術をいれてくれ、静脈麻酔で手術自体は数分で終わりました。

経過観察をして半日ほどで帰宅できましたが、職場に相談すると3日間お休みをもらえたので甘えて家でゆっくりすることにしました。


身体的には次の日からでも仕事に行けるくらいの状態です。(手術の記憶がなぜかほとんどなく・・・詳しく書けずごめんなさい)

何をしていても涙が出てくる

ふとしたときに

ああ、もういないんだ

予定日はこのあたりだったけど、会えないんだ

と考えては泣き、ぼーっとしては泣き…を繰り返して過ごしました。


正直仕事に行ったほうが泣かずに済んだと思いますが、
保育士という職業柄、元気がないと仕事にならず迷惑をかけるので、この選択は正しかったと思います。


とにかく無理をせず休みました。


流産の悲しみから立ち直る方法

当時はこの悲しみは一生消えないんだろうなと思っていましたが、やはり時間の経過とともに少しずつですが悲しみは癒えていきました

その中でも私が意識していたことはこんな感じです。

気を許せる友達とおもいっきりあそぶ

話したくないことはわざわざ聞いてこない、ちゃんと思いやってくれる素敵な友達がいたので、とにかく連絡をとってしょっちゅうあそびに出かけました。

お酒を飲んだり、カラオケに行ったり、だんだん笑えるようになったのは友達のおかげです

どうしても悲しい時はひたすら泣く

それでも家にひとりでいると急に泣きたくなったり、思い出して悲しくなることはもちろんありました。

そんな時はお腹に来てくれた赤ちゃんのことを思って大泣きしました

そのまま泣きつかれて寝るという夜は何度あったかわかりません。


でも、我慢せずに泣いていいと思うと少し楽になりました。

同じ経験をした人の記事を読む

それぞれ流産した経緯やタイミングは違いますが、

自分と同じようにつらい思いをして今は元気に過ごしている人がいる

ということを知るとちょっとだけ勇気が出ました。


あまり周りにベラベラ話す内容でもないので、ネットで経験談を読むことができて救われていました。

夫婦ふたりの時間を満喫する

出産したらなかなかつくれない夫婦時間を大事にしよう!

と思い、共通の趣味であるスノーボードにでかけたり共通の友達と朝まで桃鉄したり…

いつかまた赤ちゃんが来てくれるまで、ふたりの時間をめいっぱい楽しもうと思いました。


夫は穏やかで物静かなタイプなこともあり、私の気持ちも少しずつ落ち着いていきました。



流産を経験して辛いあなたへ

時間が経てば楽になるとわかっていても、今の悲しみには耐えられないですよね。

何も考えたくない、誰とも話したくない、そう思うのも当然です。


それでいいんです。

ただあなたのところに来てくれた小さい命のことだけは忘れずに、ずっと覚えていてあげてください。



美味しいものを食べて、あなたの大切な人たちと一緒に過ごしてくださいね。



最後まで読んでいただきありがとうございました。

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